ブロガーはブログでなにを語るか (1)
本来日誌のようなものであったWeb logが、いまや個人発信のメディアになっている。
もちろん、相変わらず私自身の行動や、感じ方の日々の覚えといったものでしかない、と主張したい方も多いだろう。
が、しかし、である。そんな風に主張したいのが人であるなら、多かれ少なかれ“発信された考え・ものの見方”であることは否めないであろう。
ね、そこの貴方。こうして、私以外の方がこの文章を読んでいる、(いや読んでいるだろうとの想定の上に書いている、
まさにこの瞬間に、私の考えは発信されている)ということが、机の引出しに隠していた「日誌」と違うんですよね。
皆様がとうにご存じの、ブログの定義のお話から始まったこの話はどこに向かうかと言えば、いわゆるクチコミの力を持つことが、最近のブログの目的か、という方向である。
私が感じた“おいしさ”“美しさ”“連帯感”“腹立たしさ”“上昇感”“感激”…etc.etc。その感じを言い出しっぺとして大勢の方々と共有できること、それこそが群生を好むホモサピエンスとしての、生きている証、醍醐味、真骨頂、である。
さすれば、である。ブログを書くとき、写真を掲載するとき、未だ見ぬ貴方がたの、「ふぅ~ん、そうなのか」とか「へぇ~そうだったの」とか「じゃあ行ってみるか」とか「私は知ってるけど、誰々は知らなそう」、という反応を期待してしまう。
もうひとつ。ブログを書いていると、そのあたりの技の巧緻が参考になったり、優越感になったりする。
そんな根性悪な見方だけでなく、本気で“役に立った”ボタンを押したくなるようなブログを見つける楽しみも持てる。
そうして、ブロガーは今夜(大部分の方は)も“いいブログ”を書こうとパソコンに向かう。
という「お定まりの主旨展開」を1つ目のキーワードとして、「ブロガーさん集まって、ビジネスブログを…」という怪しげな呼びかけの責任者としてフォローするものであります。(フォローになってないと思われるのなら、次回をご覧あれ)

